BCネットワークは,アメリカ認定の非営利団体です。 日米両国に在住の日本人女性達に乳がんに関する最新の情報 、乳がん治療後の生活の取り組み、乳がん早期発見、 啓発情報発信を押し進めていく非営利団体です。 Knowledge is power.  正しい知識は患者自身の力、支えになると信じて活動しています 。

日本の遺伝性乳がん・卵巣がん症候群について           
2013年5月23日

湘南記念病院、かまくら・乳がん甲状腺センター長 の土井卓子先生に最近アメリカ人女優のアンジェリーナジョリーさんが予防的乳房全摘を発表した事で取り上げられている『遺伝子検査』に関するご意見を伺いました。
 
ご意見本文は、『特定非営利活動法人ジャムズネット東京』 から許可を得て,抜粋しています。
 
BCネットワーク代表、山本眞基子の遺伝子検査経験者のストーリーはこちら
 

土井卓子医師

◯日本の遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)について

 日本人の乳がんは早い速度で増加しており、16人に一人が経験する頻度(生涯発症リスク6%)となっております。

それでも欧米と比較するとまだ低く、リスクは半分程度です。年間約6.5万人が新たに罹患していますが、このうち、BRCA1/2遺伝子変異を有する方は全乳がんの4~8%と推定されます。つまり、遺伝子変異を伴う乳がんのリスクは0.25%、1000人の女性に2~3人程度と推定され、あまり心配する必要はないと考えます。

 今回アンジェリーナ・ジョリーさんのカミングアウトがあり、

このような乳がんや卵巣がんにかかりやすい遺伝があることを初めて知って驚かれたり、不安に感じられている方も多いと思いますが、日本では「家族性大腸ポリポージス」など大腸が高率に癌化することが分かっていて、把握され、家族も含めて大腸全摘術を行うなどきちんと対応のできている疾患もすでにあります。

 今回、乳がんに関しては、遺伝子変異の検査をするかどうか、

もし変異ありとなった場合、どのように対応するかの2点の問題があります。まず、検査をするかどうかですが、35歳未満の若い時期に乳がんが発症した、両側乳がんにかかった、近親者に乳がんが複数人いる、などの危険因子を持っている場合は検査を受けてみることも有意義だと思います。リスクを知って、自分の今後、家族への対応を考えることは大切でしょう。しかし、変異の頻度は先に述べたように非常に低いので、リスクがないのにただ不安だという理由だけで、40万円以上の高額な費用を出して検査を受ける意義は小さいでしょう。乳がんの場合、遺伝子変異のない症例が90%以上ですから、変異のないことで安心してしまう方が何倍も危険です。定期的なマンモグラフィ検診は死亡率を50代以上では23%、40代でも17%減少できることが分かっていますが、検診受診率が23%程度と非常に低いのが日本の現状です。精度も設備も整っているマンモグラフィ検診を積極的にお薦めしたいと思います。しかしこれは、早期発見が可能ですが、予防はできません。

 遺伝子変異の検査は、予防という点では大きな強みです。

では遺伝子変異があるとわかった場合、どうすべきなのでしょうか? 発症者(すでに乳がんにかかった人)で、術前に判明した場合、多発乳がんが多いので温存術を選択せず、乳房切除あるいは皮下乳腺全摘術を行う、また同時に反対側乳房も予防的切除を行うなどの対応が考えられます。未発症者では予防的乳房切除術を行という方法と頻回な触診、超音波検査、マンモグラフィ、MRI、PEM(陽電子放射乳房撮影)などの検査で細かく経過観察を行い、がんの発生を最大限早期に発見して全身病に発展させずに治療できるようにするなどが考えられます。乳がんは細胞分裂の速度が遅いがんである上に、体表の臓器なので、触診、超音波、マンモグラフィ、MRI,PEMなどで発見しやすいという利点があります。経過観察をして、がんが見つかってからの手術でも生命の危険回避には問題ないと考えます。しかし、その期間の本人の不安は大きいものがあるでしょう。変異を有する本人が、リスク回避のため人生の中で最適な時期を選択し予防的手術を計画的に受けておくという選択肢も重要と考えます。どちらを選択すべきかは本人、ご家族の意向も大きく、がんのない臓器を摘出することへの世論のコンセンサスも得られていない現在ではどちらにすべきとは決められません。まず、予防的手術を認める世論、施行のためのルール作りが不可欠です。また、将来どちらの方法が生命予後やQOLが良かったかの結果も出さなければなりません。そのためには、遺伝カウンセリングが可能ないくつかの特定の病院で、十分に患者さんに説明の上、希望によって経過観察して発見時手術する群、予防的切除を行う群両方の長期経過を追い、データを集積して両方法の利点欠点を明らかにしてゆくことが不可欠です。このデータ集積から、日本人の今後の最善な対応は判明してくることでしょう。卵巣がんについても同様です。特に卵巣がんは発見しにくく、転移も多く、予防的切除が生命予後の改善につながることが明らかにされていますので、大至急社会的対応作りを行うことを提言します。

 遺伝子変異の検査にはこの医学的対応だけでなく、精神的サポート、社会的サポートも非常に大切です。

1:社会的サポート:遺伝子変異があると判明した場合、本人だけではなくその子孫、親戚すべてに影響が及ぶため、その全員への対応が要求されます。結婚の障害、就職の障害、保険加入と支払いの問題、医療費の問題、学校入学時の健康調査の問題、プライバシーの問題など様々な社会的懸念事項があります。十分に多方面から議論を尽くして、倫理規定を作成してゆく必要があります。
2:精神的サポート:がん発症リスクが高いとわかった方は大きな不安が生じ、予防的手術を受けるべきかどうかも判断に迷うことでしょう。遺伝カウンセリングを含め手厚いサポート体制の構築が必要です。
 今後の課題は多いと思いますが、日本人の風土といった感情的なことにこだわらず、生命が最も安全でQOLの良い結果を導けるよう議論を重ねてゆきたいものです。今回のアンジェリーナ・ジョリーさんの問題提起を絶好の良い機会ととらえ、タブーを破ってゆきたいと思います。
 
2013年5月23日


土井卓子(たかこ)先生について

横浜市立大学医学部卒業、横浜市立大学医学部付属病院で研修後、済生会横浜市南部病院、独立行政法人国立病院機構横浜医療センターなどを経て、2009年よりかまくら乳がんセンターを立ち上げる。
医師として一貫して乳腺外科分野で経験を積み、女性の立場から女性のための乳がん治療及び乳腺分野での治療に従事。
かまくら乳がんセンター長として、医師、看護師だけでなく、薬剤師、体験者コーデイネーターやリンパ浮腫ケアースタッフを組み込んだ乳がん治療チームの組織、また形成外科と連携した乳房再建などの総合的な乳腺治療を目指す。