Updated 2010-09-04
女性自身 2009年 9月15日号はこちら 9月22日号
イラストレーター•恩田好子さんの「乳房再建」実体験レポート
3年前、乳がんで温存手術を受けた恩田好子さん(52)。しかし、がん細胞の取り残しを発見。追加切除にあたり乳房温存か全摘かで心は揺れる。納得のいく治療をするため徹底的に調べ、考えた末、全摘•再建を選択した。いくつもの決断とハードルを乗り越え、とうとう乳房再建の最終段階「乳首の再建」に辿り着く。
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乳がんは長く付き合っていかなくてはならない病気だ。早期発見をすれば生存率90%以上という半面、10年後でも再発の危険性がある。
恩田さんは手術して3年。再発予防としてノルバデックス(成分名:タモキシフェン)というホルモン剤を最低5年、場合によっては10年飲み続けなくてはならない。
「ノルバデックスは抗がん剤のときのような辛さではありませんが、ほてりやむくみなど更年期の諸症状が前倒しで出るのです。薬のせいで8キロは太ってしまいました」
ホルモン剤の副作用についてはまだすべてが明らかではないが、『うつ』との関連性も一部報告されている。
だが、恩田さんには心強い味方がいる。同じノルバデックスを飲んでいる通称『ノルバデックス仲間』や『再建友達』などの”がん友さん”だ。
「乳房再建した人たちが食事を楽しみながら、トイレで順番に胸を見せ合う集まりがあると聞いたことがあって、じゃあ、私たちも『再建おっばい自慢会』をやろう、とか言って盛り上がっています」と恩田さんは笑う。
独りで考えていては落ち込むばかり。しかし仲間と一緒なら、ポジティブに乗り越えることも可能になる。
もちろん、家族の存在も大きい。ことにご主人はユーモアと冷静さでいつも恩田さんを支え続けてくれた。
「ウチでは、なんでも笑いのネタにしてしまうのです。抗がん剤で脱毛していたときは、娘と夫に『一休さんになるかと思ったら瀬戸内寂聴さんになった』とか、毎日好きなように言われていました」
ここに興味深い数字がある。『全国の女性乳がん患者さんと夫202人を対象とした実態調査』というアンケートの『乳がんの告知から治療を受けた間を通じて、ご主人と奥様の関係は、それ以前と変わりましたか?」という問いだ。
夫からの回答割合を見ると、いちばん多い「変わらない」を除けば、「お互いよい意味で気を使いあうようになった」、「お互いいたわりあうようになった」などポジティブな回答が、「距離を感じるようになった」などの否定的な答えを大きく上回った。
乳がんは、ときには夫婦の絆を深めるようだ。
だが日本ではまだ一般に、乳がんに対してネガティブなイメージが強い。
「ご本人もご家族も、病気になったことを隠そうという傾向が欧米に比べてとても強いように感じます」
というのは、アメリカ在住の日本人乳がん患者をサポートし、今後日本でも積極的な活動を行っていく予定のNPO法人『BCネットワーク』代表•山本眞基子さん(50)
山本さん自身も13年前乳がんの手術をし、5年前に肺への転移が見つかった。
「でもこの5年間、ホルモン剤を飲むことで転移したがんも大きくならず、普通に生活をしています。以前のようにテニスなどの運動も楽しんでいますよ。乳がん転移後にはヨガを始めて、とくに呼吸法は心を落ち着かせてくれます」
3年前に立ち上げたこのNPOが、今では子育てと並ぶ山本さんのライフワークになっている。山本さんによると、アメリカでは乳がん体験者によるボランティア活動は広く普及しているという。
いつか「修正できる」という選択肢を!
clickで拡大します日本でも、ようやくこうした動きが広まり始めた。
神奈川県鎌倉市の湘南記念病院では乳がんに関する資料を自由に閲覧できる『情報提供室』を一般開放し、さまざまな催しを通じて患者同士の交流の機会を作っている。
「医師にできることは手術や抗がん剤の選択だけ。我々は薬の副作用は知っていても、その辛さを自分で体験したわけではありません。だからこそ患者さん同士の交流や助け合いが重要なのです」
と湘南記念病院の乳がん甲状腺センター長•土井卓子医師。同病院では週に3回、乳がん体験者のボランティアやNPO法人『CNJ認定乳がん体験者コーディネーター』が情報室にスタンバイし、無料相談も行っている。
「自分が乳がんになったとき、告知と同時に『病院はどうします?』と聞かれて戸惑いました。セカンドオピニオンをもらいに行った病院では『何しに来たの?』と言われショックを受けた。そんな医療現場と患者の溝を少しでも埋めたいと思い、この資格を取ったのです」
と乳がん体験者コーディネーターの山口ひとみさん(50)。
恩田さんがブログで体験を書き続けるのも同じ思いからだ。自分の感じた疑問や理不尽を問い質したい。そして、同じ患者の不安を少しでも軽減したい。恩田さんの乳房再建はまだ完全に終わってはいない。
乳首の移植再建では生着がうまくいかず、欠けが一部できてしまった。また体質のせいで傷あとの色素が抜け、乳首がまだらに白くなっている。「人体はナマモノですから、いくら腕のいい医師でも工業製品のように同じものは作れません。でも迷彩柄の乳首も寂しいので、刺青をしてもらうことにしました」
乳首は今後の退色も予想に入れ、何度か修正を加えていくつもりだ。また、年をとれば健康な右の乳房と人工の左側にだんだん差が出てくることも予測できる。
「そうしたら、右も修正しようかな、なんて。今、本気で考えてはいませんが、そういう選択肢があると思うだけでも楽しいじゃないですか」と、恩田さんはいたずらっぽく目を輝かせる。
湘南記念病院では乳がん体験者によるボランティア相談のほか、ハイキングなど患者同士の交流会が行われている。写真は治療により味覚や食欲が落ちた人のためのメニュー試食会の風景(写真:山本眞基子、BCネットワーク代表)
全摘•再建を選んだことを、恩田さんは後悔していない。だが温存神話と同様、再建に対して過剰な幻想を抱くのも危険だと言う。
たとえば完璧な手術でも乳腺と脂肪をすべて取ればデコルテ部分のふくらみは失われる。リンパ腺を廓清すれば、わきの下も削げ落ちてしまう。
「女性として気になることも含めて、今後も技術の進歩を期待します。人工乳房には保険がきかないという問題も早く改善してほしいし…」
世の中には「命が助かっただけでも感謝しなきゃ」「胸にこだわらなくても、あなたはあなたよ」という善意の意見が満ちあふれている。
だが、恩田さんは、決然と"NO!"を言う。
「私はいつまでも自分の胸に関心を持ち続け、口うるさく意見を発信し続けたい。それは温存•再建にかかわらず、誰もがこだわっているのに、口に出しにくくて声を飲み込んでいることだからです」
その思いがきっと、乳がん患者みんなの明日を変える一歩になる。(終り)